昭和54年07月10日 朝の御理解
御理解 第93節
「氏子は神の守りをしておる者を神と心得て参詣する。守りが留守なら、参詣した氏子は、今日はお留守じゃと言おうが。神の前をあけておくことはできぬ。万事に行き届いた信心をせよ。常平生、心に上下を着けておれ。人には上下があるが、神には上下がない。人間はみな同じように神の氏子じゃによって、見下したり汚がったりてはならぬぞ。」
御参りをさせて頂く、取次の先生が一生懸命の御祈念をなさっておる。又はご結界で御用が出けておる。本当に御参りをさせて頂いて先生御苦労さまと、そんな心が起ります。所が合楽の場合は皆さんどうでしょうか。もう座ってござるとが当たり前、と言う様な事になってはいないでしょうか。何故って合楽の場合は御結界が空いた事がないですから、もう御結界は空いていないのが当たり前、ね。これは勿論取次者に対する御理解だと思うんですけれども、それがまた言うならマンネリ化したらおかげは受けられん。
先生はちゃんと御結界に座とっちゃるとが当たり前。この辺の所にです、やはり難しさがあります。だから問題は勿論神の前を空けておく事は出けんと仰る。その神様へ対する所の一心不乱というものが取次者にあって、神様との交流がいつもなされておる、ね。という事をならお参りして来た信者が、今日は神様がお留守じゃったというて帰すような事ではなくて、あぁ先生いつも御神前奉仕、勿体のうございます、有り難うございますと言うたり、思うたりするその心が、私はおかげを頂くと思うですよね。
ところが、合楽の場合はもうそれが当たり前になりましたからね。お結界が空いてない方が不思議な。二、三日前、いつもここには十二時近くにここに出てくるのですけれども、その日は少し早く十一時過ぎに出て来た。そしたら鞍手の柴田さんがお参り、「こげん、お供えごつじゃったですか」と「実は、特別お願い事があったからお参りして来ました」もう先生が、その丁度私がお結界で御用させてもらいよりましたから、おんなさらんと思いよったらおんなさったから有難かったとえらい有難がって帰られた。
どういう事であったかというと、この売出しのチラシを持ってみえて、こういう売出しを、急に売出しを始めるようにならせて頂いた。それで今度はどうでも、これこれだけの売り上げは上げないと、収支がつかんような感じですから、どうでもひとつおかげ頂きますように、まあ今日はおかげ頂いたあちいうてから、もうおかげ頂いたもんと思われたわけですよね。そういう素晴らしいタイミングがあったですから。
所が昨日、また電話が掛かってきた。えらい元気がなかですもん。親先生ちいうてから。もうそりゃあ見事に一つも売れなかったち。2日間ね。そういう素晴らしいタイミングで、いやいつも親先生が座ちゃござらん所へ座っておられた。もう有難かった、おかげ頂いたとこう思うた。この心はやはりおかげ頂いたですよ。ね。所が、実際問題としてその売上げの方にはね、もうチラシもこれだけ作って宣伝もした。そしてお願いにもきた。丁度、親先生が座って頂いて、御取次ぎして下さった。
もうおかげ頂くとこう思った。そして実際蓋を開けてみて二日間、もうこげん見事に売れんこつは初めちでした、というお届けがあった。ね。そん時に私が電話を受けて「おかげ頂いたね」と、こりゃあ芯から申しました。皆さんあのね売れたからおかげ、売れなかったからおかげという事はないです。無信心だから、自分でしよう我力でしようとするけん、売れじゃったという時もあります。けれども神様のおかげを頂いて、売れじゃったという事もあります。
それがです、その前にそういう素晴らしいタイミングの中に、また柴田さんのいうならば、はぁ今日はおかげ頂いた、今日はおかげ頂くと感じて帰った。だから、おかげと。私が信じられる訳です。いや親先生のその「おかげ頂いた」と言われたら、本当にやっぱりこりゃ不思議、こげな不思議な事はございません、やっぱおかげでしょうね、というわけでございましたけれども、勿論それが次のおかげの飛躍の台。
だから信心して、私はおかげ頂くという事はね、売れた売れた、また売れたと言う様な事だけでは決してないという事。神様がいよいよ信心を育てて下さろうとする働きが、いつもあっておるという事。そのお育てを頂く時にです、いうならばやはり厳しゅう、それこそ撫でさすりしながら育てて下さる事があるかと思うと、厳しゅう分からんなら叩いてでも教えようとなさる働きがあるという事をですね。真夜中に御参りさせて頂いた。親先生が丁度お結界に座ってござった。あぁおかげ頂いたと感じた。
だから今度はもうおかげ頂くとこう思うておったら、開けてみてあにはからんやであった。それこそ見事に一点も売れなかったとこういう。燃料屋さんですからガス器具とかなんか、あぁいう物を売り出しをなさったんです。こんな事は初めて。それで私が受けた時に、おかげ頂いたね「おかげ頂くばい」とこう。それを聞いて改めて元気が出て、そげん言いやほんなこてこげなこつは初めち、という程しのおかげを受けておる。
こげなこつは初めちという程しの、おかげを受けておるという実感が柴田さんの心の中に、いうならばおかげを頂いて、ね。ただ売れた売れたがおかげじゃあない、その反対の時も又おかげであるという、いうならば降ってもおかげ照ってもおかげという信心が、いうならば培われていっておる時だと私は思うです。皆さん兎に角、合楽の場合は御結界があいた事がない。ですからもう座ってござるもんとこう思うとる。それでそれが当たり前になってマンネリ化したら、これは皆さんの上におかげが頂けない。
お参りをさして感じられる程しの、親先生すみません、修行生の皆さん有難うございます、私共の為にこのようにして祈り願い続けておって下さると感じる、その心がおかげを呼ぶ。そのおかげというのはは、売れた売れたという事だけではない。どのような場合でもあるけれども、それを後で分かっておかげと感じたのではもう遅い。そん時におかげと感じられる程の信心を頂いておきたい。
昨日、直方の行本佳代先生のお父さんが久しぶりで参って来た。昨日ここへ出てみえてから、もう初めてあんな感動の様子を見せられました。大体どっちかというと、あんまりそんなに感じない方なんです。ところが昨日は、もうそれこそ涙をいっぱい目に溜めて、「今日はおかげ頂きました」ち言われるけんで、「おかげ頂きなすったね」というたら、いま私は、そのお広前の障子を開けて入った途端、丁度テープが流れておりました。そして、行本佳代先生がという声が聞こえて来た。
昨日御理解があったでしょう。あの親奥様の誕生祝いのその雰囲気に触れて、感動してここに御礼お届けにここに来た。そこん所が出た。行本佳代先生がと頂いた途端感動した。もう私はこんなに合楽に参って有難かった事は初めて、それだけだった。有難い御理解頂いたという事でもない。一生懸命はずんで来たと言う訳でもなかったけれども、偶々娘の名前がテープで流れた、それを聞かせてもろうて感動した。いやおかげ頂いたね、どげな御理解頂いたよりもおかげ頂いたばいというて、私は話した事でした。
信心とは分かるという事ではないです。勿論、分からなければなりません、分からなければ行の上に現されませんから。分かった行の上に現した。現して初めて、そこには花が咲き実が実っとぃくのです。けれども、だから御理解を頂いてです、だから皆さんよくお参りして来て御理解も頂かんで、つうっと帰る人がありますけれども、こんなに私惜しいと思う事はないです。
だから今日一日の信心の支えというものが、朝の御理解を頂いてね、例えば長い三十分なら、三十分の御理解を頂いて、たった一言「はぁここだなぁ」今日の私の頂き所はここだなぁと言った様なものが頂けなかったら、二辺でも三辺でも頂いて感じるまでね、頂いて帰らにゃ値打ちはないです。御理解を頂く値打ちは分かっただけではいかん。感じるそして分る、そして行じるそういうね、私は信心が必要だとこう思うます。
私があの大阪講演の時に、一番初めにいうておる。私の話を聞いて下さって、もし皆さんが感じて下さるならおかげになると言う様に断言して話しておる。後から聞いてびっくり、私自身もびっくりしました。あんな大胆な事がよく言えたもんだとこう思う。けれども、それからもう言うなら大分経ちますけれども、今におかげを頂いて、本当にあの時のお話が今におかげ頂いて生き生きとです、いうならば息衝いておる。あの話が。これには、私も驚くばかりです。
昨日も千恵子先生がここにお届けに参りましたが、あの時に夫婦で若い先生方がね、いわゆる千恵子先生の同期の、奥さんが同期だそうです。それで合楽の先生が見えるというので、夫婦で三日間のお話を頂かせてもろうた。そして最後の講演会の時に、もう兎に角あんな話は初めて聞いたち、いうのが今の事でした。「私の話を聞いて感じて下さったら必ず助かる。」という。それだから夫婦で一つ本気で感じるお話を頂こうと、夫婦でその事に。そしてもうその翌日から、帰られた翌日から合楽に傾倒した。
それをそのままお広前の上に現された。兎に角、今まで人が助からなかった。昨日も私、お届けを聞かせて頂いて、もう小さな町かなんかかと思うたら、今その奥さんが妊娠のおかげ頂とるそうですが、そこにはね。お医者さんが居ないちいう位な、まあ僻村ですよね、そういう所なんだそうです。前からの話しの中にですね、もう山を一山も二山も越えて、そこに信者が出けて、そこに共励会場が出けて、夫婦が手分けして行っておると言った様なお届けがあっとりました。
昨日は、本当におかげを頂きまして、一時はいろんな問題がありましたけれども、あのう丸少が、今度の日曜日には四十名集まったという。もう今まで、それこそ人が助かることなど縁のない教会じゃった。それがねあの大阪の私の話を聞いて、いわゆる感じたわけなんです。そして次々とあのう御本となって御本部からも出ましたから、それを一生懸命勉強させて頂きながらの信心です。まぁだ今におかげが脈、そこだけではありません。この頃から、いわば頭の脳みそがたぎる という病人がありました。
大阪の方で。それも大阪で聞いた話に大変傾倒して、もうそれから合楽の信心を一生懸命さして頂くようになったら、自分の宅の神様でおいさみを頂くようにおかげ頂いた。ここにお願いにみえた、お父さんが。そして、また御礼にみえられました。それこそそうそこの教会の先生はとにかく早く、小さか病院では出来んけ大きな病院に行けち云うて、病名が分からなかった、どういう事か頭の脳みそがたぎってくる、そうするとバタッと倒れなさるそうです、ね。
それがおかげ頂いて助かったという、これもやっぱその時に聞いて感じて、そして合楽に傾倒して行っておられる、そういうのが全国にあるという事ですよ。ですから皆さんがこうやって一生懸命私がお話しをする、皆さんも一生懸命聞いて下さる。そして感じて下さる。そこから神様との交流が始まる。分かって下さる。だからそれを生活の上に、分かっただけじゃあ出けん、現さにゃ出けん。ね。そしてそこにいうならば実験、そして実証というおかげが感じられるのです。
実験ですから一辺実験したからもうという事ではないけれども、分かった事を繰り返 し繰り返し実験して行く内に本当な答えが出て来る様なおかげ。それが私は信心の精進だと私は思うのです、ね。合楽で言うなら神の前をあけておくような事はない。もうそれが当然のようになった。それで今度は御信者さん方が、それが当たり前のようになって来た。所がここでは私と神様との間の交流がです。
神様へ向かってのいうなら交流が、例え信者氏子がマンネリになっておっても、私と神様との交流だけは絶えない。そこにどういう働きが起こってくるかというと、合楽教会では、素晴らしいタイミングが生れてくる。いうならば、直方から参って来た行本先生のお父さんがですね、昨日感じたというそういう素晴らしいタイミングがここのお広前には一杯あるのです。だからそれを頂いて帰る。
だから、その精進がまた必要であるという事になってまいります。今日は、今日の九十三節にはちょっと少しばっかり離れたような感じがするけれども、問題はね、私は教祖様の御教えというものは、おかげを頂く事の為に頂かねばダメだと思うのです。ありゃ、あの話は先生達に対する話しというふうに頂かずにね、皆がそれを今日のようなふうにして頂きますと、信者も教師もやはりおかげを受ける事になるのじゃあないのではないでしょうかね。
どうぞ。